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帆船 精密な復原図で帆船141隻を網羅、詳説

帆船 精密な復原図で帆船141隻を網羅、詳説
アティリオ・クカーリ著 茂在寅男訳 小学館1981年
帆船?精密な復原図で帆船141隻を網羅、詳説 帆船?精密な復原図で帆船141隻を網羅、詳説
茂在寅男、Attilio Cucari 他 (1981/01)
小学館

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もう20年以上前に出版された子供向けの帆船図鑑。アティリオ・クカーリ氏っていう船の歴史図鑑の著者にも名を連ねてる専門家が141隻もの帆船をカラーの挿し絵と詳細なデータで解説した本で、内容が古くて記述がいい加減なところもある(例えば、ヴィクトリア号は去年愛知万博に来航した最新の復元船と全然形が違う)のですが、帆船に関してこんなに大量に扱った本は日本語の本では一冊もありません。
残念ながら絶版書で古本屋さんでもまず見かけません。私が読んだのも図書館の閉架から出してもらってって感じでした。
Amazonで検索したところクカーリ氏の帆船本が何冊かひっかかったのですが……
http://www.randomhouse.de/book/edition.jsp?edi=195832
ドイツのサイトでした。当然ドイツ語。買ってもさすがに読めません。ていうか注文できるのかな???
一応英語版の古書はアメリカAmazonで10ドルで売ってるの発見したので取り寄せてみてます。
まーそのうち届くと想いますので、そしたらご報告します。
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大砲ミシュラン

アルマダ海戦でイスパニアの無敵艦隊がイングランドに敗れたその敗因として、
(1)イングランドの小型船がイスパニアの大型船を機動力で圧倒した
(2)長距離砲=ロングレンジ戦法が重砲=近射撃&接舷戦法を打ち破った
という説が近年まで語られてきました。

(1)については、英国船はイスパニア船に比べて小型ではなかった(トン数の計算方法が違った)にせよ、イスパニア船が風上への操船性や船員の技術といった面において、イングランドに水をあけられていたのは事実でした。ですが、(2)については真相は全く異なっていたらしいのです。

アルマダの戦い?スペイン無敵艦隊の悲劇 アルマダの戦い?スペイン無敵艦隊の悲劇
マイケル ルイス (1996/10)
新評論

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本書は詳細な資料を元にアルマダ海戦を再分析し、それまでの俗説とは全く異なった結論を導き出しています。

記録を調べていくと、イスパニア船もイングランド船同様に長距離砲を搭載していて、イングランドの砲撃に対してイスパニア側もそれなりに撃ち返しているのだそうです。
海戦の勝敗を決したのは三国志の頃からの伝統的手法、すなわち火船による焼き打ちで戦法でした。イスパニア船の沈没原因のほとんどは漂流後の嵐によるものだったという事実は「レパントの海戦で白兵の時代が終わり、アルマダ海戦から艦砲の時代がはじまった」というイメージを変えてくれます。
※イスパニアのフェリペ2世はイギリス船の戦法について「イギリス船は砲術にすぐれ、距離をとっての砲撃戦を好む」と評した一方、後のネルソンは英国海軍は至近距離からの砲撃戦~接舷戦法を得意とし、麾下の艦隊にもそう命じていました。
時代の違いのせいもありますし、そもそもの認識の違いのせいもあるでしょうし。

さて、以前少しだけ触れた、「デミキャノンとカルヴァリンのどちらが優れているのか」という話のつづきもここでしておきます。『世界銃砲史』の著者、岩堂憲人氏は、17世紀のイギリス海軍が作成した砲弾の到達距離と到達時間に関する資料、つまり何秒後に何メートル飛ぶかを一覧表にしたものをみつけてきて、それを元にだいたいの初速と交戦距離ごとの砲弾の破壊力を産出しています。

  1秒後到達距離
推定弾速
2秒後到達距離
推定弾速
3秒後到達距離
推定弾速
4秒後到達距離
推定弾速
32ポンドデミキャノン 175m
165m/s
336m
152/m/s
487m
141m/s

none

エネルギー 20100kgfm 17100kgfm 14700kgfm  
18ポンドカルヴァリン 237m
214m/s
440m
180m/s
618m
152m/s
777m
129m/s
エネルギー 18000kgfm 12700kgfm 9100kgfm 6600kgfm
こんな感じなんだそうです。
この表からすると、0~500メートルまでの近辺至近距離~中距離での破壊力はデミキャノンの勝ち。1000メートル近くの遠距離砲戦だとデミキャノンが届かず、カルヴァリンが一方的に撃ち放題になります。

ただし、当時のだいたいの交戦距離は300メートル前後で、800メートルを超えると狙っても当たりません。仮に当たっても船体を撃ち抜けるだけの威力が残ってないと意味がありませんしね。
キャノンとカルヴァリン、本当は両方搭載するのがいいのでしょうけど(戦列艦はそのようにしてました)、どっちか選べと言われたらとりあえず大きいほうを選びましょう。

尚、岩堂憲人氏は「重いデミキャノンより軽いカルヴァリンのほうが操作性がいいから発射速度も速い。だからカルヴァリンも負けてないぞ~」と言っていますが、実際にはカルヴァリン砲は多めの装薬に耐えられるように砲身の肉厚が太くなっていて、デミキャ1800kgに対してカルヴァリンは2000kgだったりします。

コロンブス関連書籍もう一冊。

コロンブスが国王やらなんやらに書き送った手紙などの全訳が乗ってるのがこの本です。

航海の記録 航海の記録
コロンブス、ガマ 他 (1965/07)
岩波書店

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岩波書店がかつて発刊していた大航海時代叢書。
その記念すべき第1巻「航海の記録」はそうしたコロンブスの書簡をはじめ、ガマやヴェスプッチ、ガマによる航海記録の全訳が掲載されています。
なんと1期2期あわせて64冊もあるそーです。
※揃いで5万円くらいで古書店にありますね。

買えません。読んでません。
ので、図書館で借りてきて読んでみます。
いつかそのうちまた今度。

コロンと愉快な仲間たち

大砲の話の続き書く予定でしたが時間がなかったです。

なのでまたブックレビュー。
今回は手に入りやすくて面白い、おすすめ本です。
コロンブス航海誌 コロンブス航海誌
クリストーバル・コロン (1977/01)
岩波書店

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1492年のコロンブス第一回目の航海の記録で、コロンブス本人による航海日誌の要点だけをラス・カサス神父が写し取ったものです。
本人が書いた原板の日誌は、孫ぐらいまでは受け継がれたらしいのですが、その後行方不明になってしまいました。なので、ラス・カサスの記録が現存する唯一の新大陸への航海記録ということになります。※一応、コロンブス本人がイスパニア王室計理官へ送った書簡が残ってて和訳されてます。

それが岩波文庫から出てるのですが、平易な文体の日記調で文章で読みやすいです。

これによると、グラナダ出港が8月3日で、その6日後カナリア諸島にたどりつき、キャラベル改造のため1ヶ月足止めされて、9月6日再び西へと船出します。

で。
9月14日。船員が「陸地のまわりの海でしか見られない鳥」を発見します。
いやっほう目的の地は近いぞ。大喜びする船員たち。
…新大陸到着のおよそ1ヶ月でした。

その後毎日のように鳥だの草だの木の実だのを見かけたとの記述が、この航海誌に残されています。船員たちは一喜一憂し、提督からはウソの航行距離(コロンブスは船員に実際の距離より相当短い距離を発表していた)を教えられ、なだめられたりすかされたり脅されたりしながら10月9日まで航海をつづけたようで、かわいそうなような、可笑しいような。

なお、コロンブスたちの船団は、1日平均で30レグア強、180kmくらい航行していたようです。時速7.5kmくらいだから、ジョギングするくらいのスピードですか。

大砲関連でもう一冊…

大砲関連の本をもう一冊ご紹介します。

世界銃砲史〈下〉 世界銃砲史〈下〉
岩堂 憲人 (1996/07)
国書刊行会

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辞典くらいのサイズで上下巻900ページもの分量をもつ、古今銃砲大図鑑です。
専門家が書いただけあって知識量も膨大かつ多岐に渡っており、資料として高く評価されることの多い本です。
ただ、値段が高すぎるので、私もさすがに以前に図書館で借りて読んだだけです。面白そうな部分だけちゃっかりコンビニでコピーを…。

で、そのなかでも特に面白いネタがありました。
アルマダの海戦でイギリス軍が主力にしていたという長射程軽砲のカルヴァリン砲と、スペイン軍が主力にしていたという短射程重砲のデミキャノン砲、本当に優れているのはどっち? てな撃ち比べデータを比較した表を掲載しているのです。

で、「カルヴァリンVSデミキャノン」主砲対決の衝撃の結果については……また今度(^^;

ひきつづき本のご紹介。

今日は洋書です。
以前Amazonで買った本です。

Naval Guns: 500 Years of Ship and Coastal Artillery Naval Guns: 500 Years of Ship and Coastal Artillery
Hans Mehl、Rudolf Roth 他 (2003/03/31)
Naval Inst Pr

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題して『海軍砲~艦載砲と沿岸要塞砲の500年の歴史~』
1ページ目から最後まで大砲の写真が並んでおります。

この世で最も色気の無い写真集のひとつでしょう。ほとんど全部モノクロ写真ですしね。ストイックな作りになっています。
…思えばこれ、6000円もしたんですね。
缶ビールを30缶買ったほうが人生にとってどれだけ有意義でありましょう嗚呼。

一応レビューを…するくらいなら、画像そのままアップしたほうがいいかもしれません。
saker1551.jpg

16世紀のセイカー砲の図解です。
別の資料では、セイカー砲っていうのは英国の基準だと口径3.65インチ、砲身が2.1メートルで、6ポンド砲弾を発射した大砲(スペインだと9ポンド砲)だそうです。
ひょろっとした細長い大砲だったんですね。
で、ちょっと気になるのが、写真右下の大砲を正面から見た図。
大砲の砲身の外径に対して内径が、つまり大砲の太さに対して発射される砲弾のサイズが小さすぎると思いませんか?
当時は鋳造技術の関係で、大砲の金属の強度が著しく低く、砲身の肉厚を厚くしないと安全強度が保てなかったらしいのです。一般的に砲身の長さに比例して火薬量も増える傾向もあって図のセイカー砲はこんな感じになってるんでしょうかね。

で、もうひとつ、こっちはホーイッツァー砲です。
howizer1786.jpg

18世紀、英国のカロネードに対抗してフランスが搭載したのがこのホーイッツァー砲。
ホーイッツァーは今日『榴弾砲』と和訳されますね。
炸裂弾を発射する、ターゲットを直射するカノン砲よりも射角が高く、45度の角度でいろんなものを投擲する臼砲(モーター砲、写真左上にちょこっと写ってますね)よりも射角の低い大砲を意味します。

大砲フェチにはたまらない一冊です。

この帽子は…(中略)…オラんだ。

毎度毎度本の話ばかりですみません。

西洋職人図集?17世紀オランダの日常生活 西洋職人図集 17世紀オランダの日常生活
ヤン ライケン、小林 頼子 他 (2001/08)
八坂書房

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原著は1694年にアムステルダムで出版されベストセラーになった「人の営み」(ヤン・ライケン著)という本です。
「人の営み」は当時の都市部で活躍していた職人たち、レンガ積み工とか鍛冶屋とかを描いた版画に宗教的な警句を添えた職業図鑑みたいなものでした。本書では、見開きの左ページにオリジナルの復刻版が、右ページには各職人たちの生活や仕事ぶりについての歴史的講釈が掲載されています。

17世紀といえばオランダが一番輝いていた時代でした。その頃のアムステルダムには船大工や仕立師や大砲職人はもちろん、スケート靴職人とか漂白工(洋服の染み抜き屋さんです)など、実に様々な種類の職人がいたらしいのです。

で、この第94項では船乗りが紹介されているのですが、そこに添えられた警句は

 ああ 船乗りよ 荒海を開き
 良き希望を抱いて 遠く海をかき分けて進み
 救い主の元へ旅立つものよ
 荒れた海をも行かねばならない
 だが 一定方向に舵を取れ
 さすれば 危うきに近づくことなし

だそうです。

…ん?
一定方向に舵切ってたらぐるっと戻ってきちゃうじゃないですか。
確かに、危うきには近づかないけども。

東インドに派遣されたVOCの商務員がオランダに生還できた確率は50%以下だったそうですし、長生きしたけりゃそもそも船を出すなということなのでしょうかね。

大航海時代の日本に関する書籍のレビューその2

昨日ブログに書いた本「日本スペイン交渉史」を見つけた古本屋で、その本といっしょに買った本の一冊に、オランダ商館長の日記を取り上げたものがありました。

平戸オランダ商館日記?近世外交の確立 平戸オランダ商館日記?近世外交の確立
永積 洋子 (2000/06)
講談社

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スペイン人やポルトガル人から遅れること50年、日本にオランダ人とイギリス人が来航して商館を立て、先行組と入れ替わるように交易ルートを確立していきます。その頃の商館長の日誌を引用しながら、当時の日本人が、いかに外人と付き合っていたのかを明らかにした本です。

オランダ人が徳川幕府と上手くやっていけた最大の理由は、彼らがキリスト教の布教に全くこだわらなかったことです。
イエズス会は、度重なる禁令にもかかわらず、時には宣教師を地下に潜伏させたりして熱心に神の道を説いてまわり、結局、業を煮やした幕府によってポルトガル人は一人残らず追い出されてしまいました。それとは対称的なのが、ときに強欲とも現実主義者とも評されるオランダ商人です。
彼らは島原の乱が起こると率先して幕府側の援軍として参戦、前線に火薬を補給したり、一揆軍の立てこもる城内に大砲を撃ち込んだりと、キリシタン狩りに一役買っています。

このとき島原に派遣されたのはライプ号という帆船で、船長はこの船の艦載砲であった「ゴーテリング砲」なる小型砲(鋳鉄製の5ポンド砲であったらしい)5門を船から降ろして幕府軍陣地に設置し、そこから島原城内に砲撃を加えました。
ただ、その戦果たるや、敵方ではなく味方に砲弾が飛び込むこともしばしばで、しかも5門のうち2門が砲身破裂を起こし砲手がその破片で死んでしまうなど、散々な結果になりました。
で、それきり砲撃は中止されています。

幕府がオランダ人に参戦を促したのは、その戦力を期待してというよりも、オランダ人が商売を信仰に優先させられるかどうかの踏み絵としての意味合いが強かったのかもしれません。

久しぶりにサイト更新 ブックレビューを追加しました

海にログインしなくなって20日くらい。
皆さんお元気ですか?
こっちもいい加減サイトやらブログやらを動かしていきます。
~~~~
昨日、本家ウェブサイトのほうにブックレビューを追加しました。
これまで私が読んだ本の感想みたいなものをだらだら書き流しただけなのですが、資料集めるときの参考にでもしてもらえたら幸いです。

最近は本にお金と時間をつかっています。
で、この前、古書店でこんな本をみつけてきました。
16‐17世紀 日本・スペイン交渉史 16‐17世紀 日本・スペイン交渉史
パブロ パステルス (1994/04)
大修館書店

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バステルスというイエズス会の宣教師が記したフィリピン史のなかの日本に関する記述を抜粋してまとめた本なのですが、訳が上手なのか、極東の島国でアジア人のご機嫌取りに苦労してる宣教師や総督たちの当時の雰囲気が伝わってきて意外と楽しい本です。
ちょっと紹介します。

ーー太閤様が(総督の)ダスマーリャスに贈った刀剣の名称に関しては次の証言が記されている。「アントニオ・ロペス(中国人通訳)は更に言う。日本がコボ師を通じて贈った刀剣はgui-hoc-canと称され、シナの名称であり、我らの言語に訳すと、ーー愛情の表現として貴方に贈る。これは貴方に予を認めさせるために海を渡るものであるーー。このgiあるいはguiは兄弟の間に存在する愛情、又は愛情の表現を意味し、hocは服従を意味すし、canは海の意である。それでこの刀剣"gihocan"はその意味を付しうる。と」

秀吉がフィリピン総督に「義服海」なる刀剣を贈ったってエピソードらしいのですが…こんな名前の日本刀はありません。明らかに名前として変です。なにがどうまちがってこうなっちゃったのでしょうか。もしや中国人通訳のロペスさんの仕業か?

海を越えて贈られた「義兄弟の証」にマニラの総督閣下もさぞや感激したことでしょう。きっと、その美しい刀身をうっとりとみつめながら、「ギーホッカーン」なるオリエンタルで摩訶不思議な響きの言葉…でもまるきりインチキな日本語を心に刻んじゃったんでしょうね。

そんなことを想像すると楽しくなります。
     
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ソーコ=シャリマール

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